青年期と初期成人期のアイデンティティ発達、特に重要な他者との関係性の観点から見たアイデンティティの発達プロセスについて研究してきました。比較文化的視点から見た日本人青年の発達にも関心があります。
●アイデンティティ理論とは:
アイデンティティとは,自分がどのような人間で,この社会で何をして生きていくのかという自覚のことです。Erikson(1968)は,子どもから大人になるときに,人はアイデンティティを明確に認識することが重要であると主張し,この自覚を形成する過程を理論化しました。アイデンティティは,児童期までに様々な他者との関係の中で獲得した「自分はこういう人間なのだ」(愛される価値があるとか,ものごとをやり遂げられるとか)という種々の理解を,青年期(あるいは初期成人期)に最適なバランスで統合して形成されます。大事なことは,人は,他者との関わりの中でしか自分を理解できないということです。EriksonもBowlbyと同様,Freud理論を学んだ精神分析家で,アイデンティティの発達,さらには生涯にわたる心理社会的発達の光と陰を深く論じています。人が社会的存在として生きていくことの意味と実相を明らかにしたい研究者にとって有用な理論です。
●Dynamic Systems Theory (DST)とは:
DSTとは,人の発達をシンプルな原因と結果で理解する現在主流となっている科学的な枠組みではなく,人の発達を環境との相互作用あるいは発達的現象を構成する要素間の相互作用の循環によって自己組織化 (self-organized) するシステムとして理解する比較的新しい科学的な枠組みです。DSTは,メタ理論であり,様々な心理学理論に応用できます。例えば,アタッチメント理論で考えると,我々は不安と安心を繰り返して生活していますが,どちらかが原因で,どちらかが結果ではなく,我々が環境とのかかわりの中で循環しているシステムです。そして,このシステムは,途切れることがなく,親と現在の関わりは常に以前の関わりに依存して発達・変化していくため,Dynamic(動的)です(引用:Umemura, Lacinova, Kraus, Horska, & Pivodova, in preparation)。アイデンティティもまたDynamicなシステムです。個人の中だけにあるのではなく,他者などの環境との相互作用の中で構築され表現されるからです。また,リアルタイムで展開する相互作用の継起から自己組織化する,比較的長期に安定した自己の感覚としても認識されます。このような考え方をDSTと呼びます。
●研究プロジェクト
・青年期発達探究プロジェクト
欧米では大人になることは自律しアイデンティティを形成することです。他者や集団との関係性を重んずる日本社会で大人になることも同じでしょうか。2つの縦断研究と比較文化研究によって明らかにします(ご協力:岡山県教育庁,神戸市教育委員会)。
・Japanese Longitudinal Identity Research Project
中学生,高校生,大学生を対象にアイデンティティの発達軌跡を解明しています。世界中のアイデンティティ研究者が取り組んでいる先端的なテーマです(リーダー:畑野 快先生, 大阪府立大学)。
・日本人のアイデンティティと宗教性プロジェクト
アイデンティティと宗教性は自分の生き方を決定する点で密接に関わっています。日本では信仰を持つ人が少ないので,この分野の研究は進んでいませんでした。でも,研究の切り口を工夫したら日本人でも両者の関連が見えてきたのです。
・成果(調査報告書)
・DSTを用いたアイデンティティ発達の理解
データを伴った成果はまだありませんが解説・論考を書いたり,梅村先生と授業で取り上げたりしています。これからこのテーマにもっと力を入れる予定です。
・他にも,日本文化におけるアイデンティティとアタッチメントの特徴について思索中。現在の手がかりは「ひきこもり」(Umemura, Watanabe, Tazuke, Asada-Hirano, & Kudo, 2018)。成果は2つのbook chapterとして出版される予定です。
・主な共同研究者
都筑学先生(中央大学)
中間玲子先生(兵庫教育大学)
畑野快先生(大阪府立大学)
Dr. Rita Zukauskiene, Dr. Goda Kaniusonyte (Mykolas Romeris University)
Dr. Elisabetta Crocetti (University of Bologna)
梅村比丘先生(広島大学)
日原尚吾先生(松山大学)
松島公望先生(東京大学)
浦田悠先生(大阪大学)
西田若葉先生(宮崎産業経営大学)